吾唯足知 うさこの独り言

自分の声を聴く・・・

自分の心を受け取る練習

私は御仁のように強い人間になりたくて、

御仁の前で少々クールぶっている

強さとは感情に流されないことであるが、感情を否定することとは異なる

頭ではわかっているつもりだが、どうも自分の感情を抑え込む癖がある

 

御仁との間にもやもやする出来事が起こった

逢っている時にも、もやっとしたが自分の気持ちを受け止め切れずスルーしてしまったようだ

しばらく距離を置いて静かに自分と向き合おうと思った矢先、

御仁から来たLINEの内容にもやもやが強くなった

 

自分の気持ちをスルーしがちな私も

さすがに何とか向き合わねばならない案件だと思った

しかし、自分の気持ちを受け取るのが苦手なもので困った

 

こんな時は、姉に連絡して話すうちに自分の気持ちがわかったり、

自分の気持ちを肯定してもらうことで、ようやく自分の声を受け止めることが出来たりしたものだ

 

しかし姉を頼ってばかりじゃ駄目だと思い、自分で何とかしようと試みた

自分はどうなったら嬉しい?

何を伝えたい?

 

というような質問を書き自分で答えを書いてみて、しっくりくるかどうか試してみた

しかしなかなかしっくり来ない‥‥

 

やっぱり姉に頼ろうかと思った矢先に、御仁から追加メッセージがあり、

さらに自分の気持ちが負の方へ反応した

 

ここは逃げないで、自分の負の感情を正直に伝えよう

最初は相手に対して攻撃的なきつい言葉が浮かんでいたが、だんだんと正直に伝えることに集中していると

中庸的な気持ちになってきた

 

「●●になりそうで、もやもやしている」

 

そうLINEを送信したら、伝えられた安堵感で一気に肩の力が抜けた

御仁からの返信からも優しさが伝わって来て、私は頭で捻ることなく次に伝えたい言葉が素直に湧いてきた

本当に素直になった時は、迷いがなく行動に移るということをこれまでも時々体験してきた

御仁からの返信に素直に湧いた言葉を返した後、自然に涙が溢れてきた

 

これまで負の感情は自分がなんとか我慢すれば良いと、長いこと自分を虐げてきた

今日の一言を伝えるのに一体何時間かけたのかと思うと、その不器用さに苦笑せずにはいられない

 

けれども、自分を蔑ろにせず、自分の声を聴き、

人から逃げず気持ちを伝えることで得られる温もりに心が溶ける体験であった

 

まだまだ怖さもあるし時間はかかるだろうが、

毎日の瞬間ごとに自分の心を受け取る練習をしよう

びくびくと落ち着き

今日は少し心がびくびくする出来事があった。

 

私が何か悪いことしたのかな、

私が責められるのかな、

私のこと悪く言ってるかなetc

 

ああ、こういうびくびく感は、実家との間であったなぁ。

ちょっと懐かしいわ。

久しぶりだなあ。

 

と、びくびくしながら、

びくびくを俯瞰し、懐かしむ自分がいる。

びくびくと落ち着きが同居していることに驚く。

 

さらに、この厄介なびくびくをどうしてやろうかいと、

自分自身と相談してみたりして。

 

それで、この嫌な気持ちをもやもやBOXに閉じ込めてしまうことに決定。

 

閉じれえ〜ゴマッ!

ROCK ON!

 

次のステージに来た

ACである自分は夫を虐げてきた

自分の意に沿わないことがあると、何とかコントロールしようと要求して、怒って、炎上を繰り返してきた

 

しかしコントロールできないことがわかり、言っても炎上することが不快だから、ここ何年もほぼ口をきかないという生活を送ってきた

 

ただ今回、子どもにもかかわる出来事ゆえに、向き合わねばならないことが生じた。意を決して、私としては言葉を慎重に選んだつもりで、

「あの、気を悪くしないで聴いて欲しいのだけど、●●●。」

 

案の定、夫からは拒絶反応が返ってきた。

 

私としては、ああまた失敗してしまったと感じつつ、

それでも事の本意が伝わっていないことが明らかだったので、

だめもとでLINEで追い打ちをかけることにした。

 

LINEに書く言葉を選びながら、相手に配慮して言葉を選ぶことと、相手をコントロールしようと言葉を選ぶことは紙一重だなと思った。

同時に、自分の言葉選びは、配慮しているつもりが、相手をコントロールしようとする態度だなと改めて思った。

 

これらは紙一重だし、正解の答え合わせができるものではない。

何故なら相手が意のままの行動をとってくれることが正解だとか、最終ゴールだとかはいえないからだ。

 

そう思うと、私は言葉で伝えた結果相手がどう動いてくれるかということよりも、自分の気持ちが本意として伝わるようにということに注力することにした。

結果として、夫から残念な感じの返答が来た。

しかし表面的な言葉によって、私が伝えたいことが伝わったかどうかという最終的ゴールの評価はできるものではないと思えたので、昔の自分がやりがちだったきいーという反応はなく動じなかった。

 

それよりも、自分が自分の本意を伝えるべく言葉を選び使ったことで、あとはどのように相手の心に受け止められるか、相手がどう行動するかは、自分の及ぶところではないのだから、気に病む必要がないと思えた

 

なんだか最近の自分が、次のステージに来たと思える。

 

 

 

 

 

 

受け入れても我慢は不要

AC的な自分は、物事を白か黒かで評価し、

だめなことが起きるとシャットダウンして、

全てを否定する性質がある

 

この性質こそが、自分自身を批判し、

自分を見捨てるという苦痛の根源といえる

 

白黒やZERO百という考えは良くないとわかっていても、体から抜けない染みつき感、自動機能装置が作動した

 

それがここ最近少し和らいできた気がする

 

私はだめなとこばかりじゃない

私は頑張ってきた

私なりに精一杯やってきた

でもだめなこともある

悪いこともする

それでいいじゃない

何が悪い❓

 

そう思えたら、人を見る目も和らいできた

 

あの人ほんと仕事遅いわ

でも頑張ってるな

いろいろ忙しいのだろうな

私にはわからない苦労もあるやろに

 

改めて斎藤学先生の書籍にある回復と成長の10のステップを読み返してみるとステップ4の辺り

 

私は親の何に怒りを持っていたか

一方、親と一緒に過ごした中で感じた温もりはどんなことか

彼らからしてもらったこと

彼らにして返したこと

そのバランスシートを書くことが進められている

 

父の横暴さに対峙して強い女になりたかった

男性と肩を並べることに拘る一方で、

男性や権力者に怯えた

いつまでも自己中で家族を道具のように使う父を嫌悪し怒りを持った

 

今も80歳を越えよぼよぼしながらも、病院に付き添った私の言動に腹を立て罵声浴びせる。

サポートしてくれた娘に感謝を忘れ批判する

 

父の罵声の最中、私は深呼吸をして俯瞰することに集中した

 

すると、人を批判することで自分を正当化したいか弱い人間が見えてきた

医療者に見せる建前的な姿と家族にぶつけたい弱さ

父は普段から正論をかざして、人を非難してぶつかってきた

正論とは裏腹な自分はもはや家族にぶつけるしかなかったかもしれない

 

そんな見方をしていると、

いつも自分の思いどおりの自分ではいられないなと思う

 

すると歳を重ねようが、人生の終末を迎えようが、人は自分をどうしようもないんだなと思う

 

だから、今の自分と1秒後の自分に矛盾があっても当然かなと思う

 

どんな自分も受け入れるというのは、人も自分も瞬間で変わるのであり矛盾は当たり前だとわかることかなと。

 

まあどんなにわかっても、

嫌なものは嫌なので、父を送迎して実家を早々に立ち去った。

 

受け入れるのと、我慢は違いますから。

すべては必要だった

年末から何だか気分が落ち着いている

何が効いたかと言うのは,勿論ひとつではないのだが、

昨年から出席している斎藤学氏のMTの影響はとても大きいと思う。

 

斎藤先生の著書は何冊も読んでいて、語られる文章から滲む愛情というか慈愛のようなものを感じることでも随分と癒されてきた。

 

それに加えて、MTに参加して実際のやり取りを体験することは、書籍では自己対話に留まってしまうのに比べ、想像以上に自分の内部に影響しているのかもしれない。

 

対人恐怖がある自分は、自分の一挙手一投足が相手の勘に触れないかどうかが心配でビクビクしているし、勘に触れないような、相手に望まれるよう言葉を選び振る舞うことは、絶対に必要だと思っている。

いやもっと正しくいうと、思うと言うより前に、体がそう反応する。それは幼い頃から、横暴な父の元で生き抜くためにみついた技ともいえる。

そしてどんなに手放したくても、染み付いた感覚はなかなか取れないし、本能として怖くて手放せないのかもしれなかった。

 

斎藤MTで、斎藤先生と参加者の対話を聴いている際も、私は参加者の話をずっとジャッジしていた。

ああ、そんな同じことばっか言っていたら、斎藤先生いらいらするんじゃないかな、怒ってないかな、うんざりしてないかなetc。

他人の話にも関わらず、それだけで疲れてしまう。

けれども、実際は斎藤先生はずっと話に付き合っている。

それが治療者という仮面をかぶっている感じでもないし、話し手も自然な感じがする。

なんでこんな内容を聴衆の面前で話しているのだろかというような、四方山話もある。

しかし、そんな四方山話だからこそ、聴衆として参加する私は肩の力が抜けて、それでいいんだと思えたのかもしれない。

立派な話でなくても、理路整然としてなくても、相手がどう思おうと、自分の話したいことを話せば、別にいいじゃないか。

斎藤先生は著書の中で、治療者としてでなく、人として関わる必要性について述べている。

私のイメージする治療者は、人としての自分の感情を抑えて、患者にとってふさわしい振る舞いをする必要があると考えていた。

ひたすら患者の話を聴かねばならぬと思っていた。

けれど、斎藤先生はよく話す。

参加者の持ち時間の半分くらい話して、当該者が聞き役になっている時もある。

何だかずっこける気持ちもあるが、このずっこけ感にこそ意味があるような気がしている。

ずっこける私には、こうでなくてはならないというべき論があったからだ。

あら?このべき論いらないんだというずっこけ。

だからといって、斎藤先生が精神科医としての専門性を放棄しているわけではない中で、人として対話することの大切さが伝わってくる。

人として対話する姿から、すべての症状は、その必要があった、それでいいではないかという著書の文章の意味が体感としてわかった気がする。

 

子どもの頃からアラフィフの今まで、私は横暴な父を批判しつつ、男や権力負けないことを目指す一方で、それらにひどく怯えて生きてきた。

人に蔑ろにされることに怯えながら、自分を蔑ろにして疲弊するまで働き、上司にはむかい、夫を攻撃して、自分を攻撃して疲れ果てた。

けれど、いま思い起こしても、その時の自分はそれが必要だった。

わたしなりに一生懸命、必死で生きていた。

それで何が悪いのだ?

 

それが私がこの両親の元に生まれてきた運命であり、その私でなければ成し遂げられなかったことが沢山ある。

それが私が私として生きる意味だ。

 

すべてが必要なことだった。

 

怒れたことを喜ぶ

人の顔色を伺い対人恐怖者でありながら

目上の人や権力者に対し

正義を振りかざし噛み付く習性がある

 

しかし目下に対してはいい人でいたくて

負の感情を抑えてニコニコしていた

マウントしてくる者に対して毅然と対応できず

心を病んだこともある

 

部下を持ちたくもなく

組織で生きるのが苦しくて

非常勤になり組織から距離を置いた

 

他人の世話に奔走して疲弊し過ぎていたし

ゼロか百か的な習性から

距離を置いたらもう何も言うまいと

組織の粗に黙りを決めていた

目標は老婆心を捨てること

 

しかし最近になり若者と関わる流れとなり

老婆的習性がうづいていた

この子達が一人前になるために

年上の人間として言わなければならないことがある

 

というより、あまりに見過ごせないことが続いて、黙っていられなくなった

基本、感情を抑圧しているだけに

口を開けると感情が乗っかってしまい

ついきつい口調になってしまった

言った後に、どう受け止められただろうか気にはなったが、昔ほど気に病んではいない

 

目下に怒れなかった私が怒りを表す行為は

言ってみれば、怒りの新人

不慣れなことをやってみて、

最初は上手くいかないのは当然

 

むしろ怒れたことを祝おう

わなわなしちゃたし

柔和に冷静にかっこよくとはいかなかったが

怒れてよかったではないか

 

次はもっと上手くやれるよ

少しずつ少しずつ

㊗️怒り

 

 

 

 

老婆心も時にはいい

人の世話に疲れ果て

自分の世話に注力しようと何度も誓った

 

そして今日もまたやってしまった

 

そんな自分を省察する一方で、

人の労に配慮できない実姉を見て

ああはなるまいと誓った

 

老婆心がすべて悪いわけではない

要はバランス

自分をすり減らすだけでなく

自分が嬉しくなる老婆心もある

 

老婆心も時にはいい

 

220117